第11話   「たそがれ清兵衛」の庄内竿 その2   平成16年07月05日  

7月4日に鶴岡の致道博物館の土曜講座「庄内竿の魅力」で鶴岡市立加茂水族館館長村上龍男氏とお会いした。昭和14年生まれの氏は昭和41年に釣を覚えたという晩生(おくて)の釣師でもある。大学を卒業し加茂水族館で働く前は釣には一切興味が無い人生を歩んで来たという。

ある時水族館裏で釣をしていたので、何気なくそれを見ていたところ庄内竿で釣っていたその釣師は見事黒鯛を釣り上げた。黒鯛の必死の抵抗で竿が満月にしなるものの、釣師のその竿捌きの見事さの前には無駄な抵抗であった。そして、釣り上げられた黒鯛の魚体を見てこんなきれいなものは見たことが無いと感激したそうである。それで鶴岡の習いである釣の師匠を探してすぐさま弟子入りをし、今では数少ない庄内釣の正統派を自認する名釣師として今日に至っている。

そんな村上氏と出会ってから、何か面白そうな本でも書いていないかとインターネットで色々調べて見た。するとリレーエッセイ「私が暮らす町」に大変興味深い事が書いてある。

映画「たそがれ清兵衛」の中の赤川での釣のシーンがあったが、このシーンは村上氏が釣りの指導係となり、手ほどきをなされたそうである。氏は庄内釣のイメージから、磯での釣をイメージしたそうであったが、山田洋次監督の意向で赤川での釣となった。しかしながら、実際町外れの川の釣だったら、体力づくりの釣でなく心身の鍛錬とはならならず庄内の釣のイメージに繋がらない。庄内竿については監督のこだわりで昔ながらの具付けの延べ竿を使った。氏の手作りの10本ほど用意した竿の中で特にやわらかく手元から曲がる二間半(4.5m)の細身のものを二本選んだ。真田広之さんは何度もリハーサルを重ね、本番直前にはイワナをかけて竿の曲がり具合とか実感を確かめていたそうである。本番直前に銀レフを持ったスタッフが、清兵衛こと真田広之さんに近づいたかなと思った瞬間、竿の穂先に当たり15cmほどふっ飛んだ。しかし、本人はそれに気づかず約作りに没頭していたそうである。

たまたま村上氏手作りの自慢の竿でまだ一度も使ったことの無い竿であったが、これも名誉と考えて黙っていたとの事。撮影の裏話であるが、こんな事はこれ以前も映画の撮影で何度もあった。監督のこだわりからあたら名竿を所望され、ほどほどの良竿を借り行き二度と使えぬ状態で返されて来たなどという事が、結構あったと伝えられている。竿も道具のうちと云う、釣師の心得の無い者たちへの貸し出しは出来るだけ控えたいものである。今回はスタッフのミスとはいえ、以前のある映画の撮影では竿でチャンバラを始めたそうだ。

温和な村上氏だから、何も云わずに黙っていたとの事であるが、以前の事もあり当地の釣具屋では、映画だからといって貸し出す者は少ないだろう。確かに釣竿も映画関係者から見れば映画に使われる道具一つであろうが、釣師にとっては刀と同じ位に思っている訳でその気持ちになって使用して貰いたいものである。